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沿革
ハーレーダビッドソンの最初のバイクは、「ハーレーダビッドソンモーターカンパニー」とドアに走り書きされた木の小屋で、若干21歳のウィリアム・S・ハーレーと20歳のアーサー・ダビッドソンが作り、1903年に発表したものであった。
同年、アーサーの兄弟であるウォルター・ダビッドソンが経営に参加し、さらに1907年には、アーサーとウォルターの兄弟であるウィリアム・A・ダビッドソンが、ミルウォーキーロード鉄道を辞職して経営に加わった。
同じく1907年9月17日に、ハーレーダビッドソンカンパニーは、株式会社として創立し、株式は4人の創設者に4等分された。
1909年には、ハーレーダビッドソンの象徴ともいえるVツインエンジン搭載のバイクが発表された。
1912年には、1906年にミルウォーキーに建てられた工場をさらに、6階建ての本社と工場にする。同年、日本への輸出を始め、アメリカ国外で初の販売を成功させる。
第二次世界大戦中、ハーレーダビッドソンは、もっぱら軍事用にバイクを製造していた。そして大戦終結後の1945年11月、一般市民向けのバイクの生産が再開された。
1953年には、ヘンディー・マニュファクチャリングという、インディアンオートバイのクリエーターが廃業し、ハーレーダビッドソンは、ここから46年もの間、アメリカ唯一のバイクメーカーとなる。
1969年にレジャー製品の製造会社、AMF(American Machine and Foundary Company)と合併し、1981年にはAMFからハーレーダビッドソンモーターカンパニーを買い取る。
1986年、アメリカ証券取引所に上場、1987年にはニューヨーク証券取引所に上場する。

